事業者側から語るブランディングの全容 | GUEST 「霧の朝」 大西康太さん(丹波農産 代表取締役)

丹波篠山市の「霧の朝」は丹波黒豆をはじめとする食品ブランド。問屋に卸すBtoBがメインだったが2018年に直接販売をするBtoCの業態を開始。自前のブランド立ち上げから2025年の店舗オープンに至るまで、プロのクリエイターとどんなコミュニケーションを進めてきたのだろうか。これまでのクリエイター側のインタビューではなく、今回は事業者さんだ。
◎BtoCブランド「霧の朝」を立ち上げるきっかけを教えて下さい。
〈大西さん〉大阪のITマーケティングの会社で3年働いたのち、父が経営者である「丹波農産」に転職しました。契約農家が生産した丹波黒豆を集荷・選別して商品として出しています。付き合いがあるのは卸業者さんや問屋さんです。正直当時の商品群は自分たち若い世代にとって「欲しい」と思えるものではなかった。またECサイトの改修作業をする内に客層データを分析して「若返りの必要性」を感じたんです。どちらかというと薄利多売で2、3社を経てエンドユーザーに届く商流も良くなかった。黒豆という食品の特性上、売上は年末に偏っていました。そんな状況を変えるために「直接販売の強化」「通常期でも売れる新商品開発」「複数商品の陳列で世界観の展開」をしたいと考えるようになったんです。さらに温暖化や担い手農家の減少で豆自体の生産量が下がるのは目に見えています。今のうちに「手を打たねば」という危機感もありました。
理にかなっている。昔からの商慣習を続けていては立ち行かなくなる。それは自然な発想だった。大西さんの経営視点はどこから来るのだろう。
◎大学時代はどんな学生だったんですか?
高知工科大学で経営マネージメントを専攻。地域活性化やマーケティングを学んでいました。フィールドワークでは土佐町のゆず農家さんの収穫を手伝い、インターンでは須崎市の地場産品である「虎斑竹(とらふだけ)」のプロダクトを扱う「竹虎」という企業さんへ行き、ECサイトの運営サポートを経験しました。やがて実家を継ぐことも念頭に大学生活を過ごしていましたが、高知だからこそ地域の産業に対する意識も深まったのかなと思います。

◎どういう流れでリブランディングを準備してきたんですか?
〈大西さん〉大阪から丹波篠山に移住されていた小菅庸喜さんに相談したのがはじまりでした。小菅さんはもともとURBAN RESERCHでアパレルや生活雑貨、食品を扱うブランドのブランディングプランナーをされていた方です。移住後は「archipelago」というセレクトショップを運営しながらディレクションやスタイリングの業務もされています。小菅さんが「TSUGI」という福井県のデザイン会社を紹介してくれて、丹波農産のオリジナルブランドづくりに伴走してくれるチームが生まれました。TSUGIのみなさんは、世代も近く、ノリよく楽しみながら対応してくださる。さらに福井の地場産業のデザインを手掛けながら、「RENEW」のようなイベントを企画したり、自分たちでも販売を行っていて、経験も豊富でした。一次産業への理解や関心を持ちつつ、デザインだけでは終わらない「協力者」として小菅さんが推薦してくださり、それを信じて納得するに至りました。
「RENEW」は福井県の鯖江市を中心とする工房見学イベント。北海道にいる僕にも情報は届いていて機会があれば参加してみたいと常々思っていた。「ドット道東」をはじめ地域✕クリエイティブの力で地元の若い世代や事業者を巻き込みながら活動する各地のチームはリスペクトに値する。実は大西さんを取材しようか検討していた時に「霧の朝」「TSUGI」「RENEW」というキーワードがWEB上でつながり、どのようにクリエイターと事業者がやりとりをしているのか俄然興味がわいたのを憶えている。
◎提案を受けて「これで行こう」と決めた時のことを聞かせてください。
〈大西さん〉はじめはブランドのネーミングの提案でしたね。「霧の朝」という名前はこのあたりの風土や環境を捉えていて気に入りました。ロゴやパッケージデザインについては「正直わからない」が先行していたし、小菅さんの感覚や判断に頼る部分は大きかったです。特に2025年にオープンした店舗については、当初カフェなどをやる予定はなくて「スモールスタートでいい」と思っていたんですが、「はじめに大きく振ったほうがいい」と提案されたんです。クリエイターの感覚にどこまで委ねるべきかも迷いました。でも結局は「自分の想像を超える経験」をしていて、同じ時間を共にしてきた仲間たちが提案するなら「それがよい」と判断していきました。おどおどとプレッシャーを感じながらも、それを「信じてみよう」と決めたんです。感覚的な部分もあるし、特に社内や身内に対しては判断の説明も難しさがあり、正直、不安に思われていたとも思います。

◎そもそもご自身のデザインに対するリテラシー(見る目、興味など)は、どのくらいだったんでしょうか?
〈大西さん〉「おしゃれっぽいもの」に興味がある程度です。大学でマーケティングを勉強していたのでその延長でパッケージやロゴについて意識はしていました。そういえばコーヒーの缶を集めてパッケージを楽しむというちょっと変な趣味はありましたね。デザインについて提案を受けてもわからないので、蔦屋書店でデザインやイラストのビジュアル書を買って「近似値」を見つけて参考にもしました。いずれにしても自信はありません。その部分は外部に頼ろうということで、小菅さんの話を聞くようにしています。ただ最近は少し変化もあります。例えば「どのデザイン案もいい。でも霧の朝はこうあるべきか? 本当に刺さるのか?」と自問自答をしています。うまく言語化できないのですが。



ロゴの別案も見せていただいた。どんなものがふさわしいか、
どういう展開が想定されるかなどの議論を重ね、最終的に判断をする力も事業者さんには試される。
ここは核心だと思う。僕はことあるごとに「好き嫌いや感覚で選ぶ」や「多数決で選ぶ」はNGだと謳ってきたが、大西さんはそれを理解していて、正しい判断ができる環境を自ら整えている。興味を持って勉強もしている。こういう謙虚さや冷静さを持ち合わせた事業者さんは実は案外多くない。結局は「餅は餅屋」に尽きる。クリエイティブな判断を迫られるタイミングでは、信用に値する人、つまりディレクターの経験値や少し先の未来を見据える想像力を頼ることをお薦めしたい。ディレクションとは「方向づけをする」こと。つまり「ゴールはこっちの方だ」と羅針盤のもとに道を決めていくことだ。提案者には当然ディレクションの視点は必須だが、提案を受ける側の担当者もディレクションの目線を養うのがいい。具体的には日頃から付き合いのあるディレクターからどこを見るか、何を考えるか「選ぶ基準」や「チェックすべき視点」を尋ねるクセをつけてみてください。

◎話を少し戻します。2018年にBtoCの自社ブランドである「霧の朝」を立ち上げ、2025年に店舗がオープンしています。その間はどんな感じでしたか?
〈大西さん〉2018年にはじめた「霧の朝」では丹波黒豆使用のオリジナル商品を展開。ECサイト販売やイベント出店を続けてきました。かつて卸メインの「丹波農産」としては商社主催の商談会などにブースを出していましたがそれもやめました。代わりに「霧の朝」では「ててて商談会」「森、道、市場」「うめだマルシェ」などこれまで行けなかったイベントに出店。同じような規模や志で自社ブランドを広めようとがんばる全国の事業者さんと交流ができるので学びにもなります。2019年には父が亡くなりました。売上の基盤となる丹波農産を継ぎ、2022年にはご縁を頼りに事業整理もして体制をスリム化しました。当時、京都の作り手イベント「DIALOGUE」でつながって「家業イノベーションラボ」に参加することになりました。ここでの学びも様々な決断の後押しになりました。


和とモダンが同居する「霧の朝」店舗。
「茅壁」や岩など風土を大切にしている。

「霧の朝」ブランドのカタログ。コンセプトブックのように見やすく、わかりやすい。何よりも美しい。
(下)長年使っていた「丹波農産」のギフト用カタログ。“和食業界っぽい” 表現になっていた。
◎最後に、これから外部のクリエイターと組んでデザインのリニューアルやブランディングに取り組む事業者さんたちにご自身が得た教訓やメッセージをお願いします。
〈大西さん〉ブランディングはすぐに売上につながるものではありません。“じわじわ系”の取り組みなので、耐えながら成果を出す工夫を重ね続ける必要があると思います。企業によってはいろいろなデザインを乱発したり、担当するデザイナーさんをころころと変えるところもありますが、はたして「どうなのか?」と疑問に思うことも。一方で信じられるデザイナーさんと出会うのも重要ですよね。デザイナーさんによって提案力が違うのでそこは見極めが必要。提案を受ける事業者は「なるほど!」という感覚がほしい。逆に安牌なアイデアは採用するには躊躇もします。またデザイナーさんによっては「デザインに走ってしまう」こともあるように思います。目標を達成できるクリエイティブの提案ではなく、「なんとなくかっこいい」とかアート性を優先してしまう。既視感のあるものも、説明ができない過剰なデザインもダメなので判断は難しいのですが、せっかくブランディングに着手するなら、やはり振り切った方がいい。デザインに関心のない層には「へぇ〜」程度のウケでも、感性の高い層にはきちんと刺さる。新しいお客さんや取材依頼も増えますし、イベントに呼ばれるなど「予期せぬ出会い」が待っています。かく言う私も「よくわからない」ながらやっているというのが正直なところですが、人の意見も聞きながら「わからないなりに考えてみる」そして、最終的には「信じて決断する」が大切だと思っています。


デザインを発注する側である事業者は当然「提案を受けるプロ」ではない。一方デザイナーをはじめクリエイターは「つくるプロ」はもちろん「提案のプロ」でなければならない。たしかにロゴもパッケージもネーミングも、その先にいるエンドユーザーの感性に訴えるものではある。だからといって感覚的に作り、イメージだけで選ぶことはできない。どういうものが売れるか、どういう仕様なら合理的か、ロジックをコンセプトに落とし込み、だからこんなデザイン案になるんです、これによってここまで行けます、と提案しよう。「ここまで行く」というのは、大西さんが最後に語ったように、今まで関わることのなかった人たちとの新たな出会いを想像させてあげること。もうひとつ印象的なのが「振り切る」というキーワードだ。特に「霧の朝」の店舗で驚いたのが、装飾やインテリアだった。エントランスの茅の壁、陳列棚を兼ねた大きな岩のオブジェは落ち着いや空間でものすごい存在感を放つ。目利きや職人による仕事にお金もかかるが、大西さんは熟考のうえこれらの採用を決めた。「信じる」とはつまり「100%の確信は持てないけれど、これで行ってみよう」と前に進むことだと思う。「これで売れるのか?」「お客さんは喜ぶのか?」という疑問もわくだろうし、「わからない」のは当然。でも刺さる層には刺さるし、そういう高い感度を持つ人たちが一定数いるし、影響力があることを理解しておきたい。ビジネスインフルエンサーに報酬を払ってSNSでの「いいね」稼ぎを画策するより、よっぽど健全だと思う。「ブランディング? うちは関係ない」という事業者さんや各地の行政や商工会、財団の組織で、少しでもこのような取り組みに興味があれば、気軽にお声がけください。

PROFILE
大西 康太|Kota Onishi
1991年丹波篠山生まれ。大学卒業後、大阪でIT・マーケティング企業に勤務したのち、2017年にUターンして家業である丹波農産株式会社に入社。帰郷から半年で顧客の若返りが必要だと感じ、丹波黒大豆を現代の暮らしに合う形で再定義し、2018年に新ブランド「霧の朝」を立ち上げ。2019年に代表取締役に就任。丹波黒大豆の乾物や秋の枝豆の販売をはじめ、「霧の朝」「波部黒乃庄」などのオリジナル加工品の企画、販売を行いながら、2025年に店舗「霧の朝」をオープンした。
https://kirinoasa.com/
企画・取材:池端宏介(インプロバイド)
撮影:辻本しんこ(アートニクス)
特別協力:片山あゆみ(家業イノベーション・ラボ/エヌエヌ生命)
[ヨリヨクとは]
コピーライター職を軸足に活動するインプロバイドのクリエイティブディレクター池端宏介が綴るコラム&インタビュー企画。企画名は社名のIMPROVIDE(「より良くする」という意味の造語)に由来する。テーマは「コトバ」「デザイン」「ブランディング」「マーケティング」「地域のクリエイティブ」など。独自の視点と経験から「よりよくする」を掘り下げる。
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