発注者と制作者に必要な信頼関係とは? | GUEST 風とロック代表 箭内道彦さん
コピーライター職を軸足に活動するインプロバイドのクリエイティブディレクター池端宏介が綴るコラム&インタビュー企画「ヨリヨク」が始動。テーマは「コトバ」「デザイン」「ブランディング」「マーケティング」「地域のクリエイティブ」など。独自の視点と経験から「よりよくする」を掘り下げます。第一回目は、風とロック代表 クリエイティブディレクターの箭内道彦さんをゲストにお迎えしました。
ども、池端です。
2023年6月にSCC(札幌コピーライターズクラブ)の審査会で「箭内道彦賞」をいただいた。その時箭内さんは「北海道には愛がある」と言った。クリエイティブにとって愛とはなんだろう。聞きたいことを聞くために、僕は箭内さんの事務所を訪ねた。
◎箭内さん、ブランディングってなんですか?
ブランディングという言葉があまり好きではない。なんだか仰々しいし、そもそも正体がいまだによくわからない。僕もブランディングを仕事にしているが人を騙すようなことはしたくない。一応の定義みたいなものは持っているけれど、箭内さんに改めて質問してみた。
〈箭内さん〉一般的なブランディングって、シンボルとなるマークやビジュアル、一言で言い表すコピーをつくって、メディアを使って大量に流していく。それをポスターや広告など媒体に合わせながらリサイズしていく。そんなのが主流だと思うんですけど、僕にとってはちょっと違う。大きなものをバーンと出すメジャーなやり方ではなくて、対面型というか小売型というか、効率は悪いけれど案件ひとつひとつに合わせて深いコミュニケーションをつくりたいと考えています。
これについては、目からウロコだった。ブランディングは統一感や一貫性ありきと教わってきたし、それが効率的にイメージを増長させていくものと思っていた。でもフォーマット化されてコピーペーストしたようなポスターやパッケージをつくることは本来の目的ではない。もちろん事業者や商品によって違いはあるだろうけれど、個々の事案、タイミングによって表現を柔軟に創作する “クリエイティブの余地” を持つことが大切なんじゃないか。箭内さんの話を聞いて自分自身の考え方の幅が開けた気がする。
〈箭内さん〉ちょっと逸れるかもしれませんが「僕はすべての子どもは親の仕事を継いでいる」と考えています。「成し遂げたいこと」が仕事の本質として現れるんじゃないかなって。例えば、建築家を親に持つ子どもは、構造を捉えたがる。校長先生だったら、仕事の中で「教える」感覚をだいじにする。商社マンだったら、マスからマスへダイナミックな流れを捉えようとする。僕は菓子屋の息子で、さっき言ったような対面販売型のコミュニケーションしかできない。お客さんは誰一人同じではないし好みもちがう。だから小売型で仕事をしているんです。
たしかに箭内さんがディレクションを手掛けてきた福島県の一連の仕事、例えば「来て」シリーズも、「ふくしマップ」も、お米のパッケージもいわゆる同一ブランドというよりは個々の表現が立っている印象だ。このあたりの話については著書※でも詳しく書かれているので一読を薦めたい。
※箭内道彦+河尻亨一著「ふるさとに風が吹く 福島からの発信と地域ブランディングの明日」朝日新聞出版(2023年)
◎「リテラシー」って必要ですか?
〈池端〉僕は「つくる」のほかに「選ぶ目利き力」いわゆる「リテラシー」ってだいじなんじゃないかと思っています。それはクリエイターもそうだしクライアント側にもある程度求められるのかなと。
〈箭内〉選ぶって難しいですよね。デザインやコピーの良し悪しもわかりにくいし、採用案がどれだけ効くかもわからないですし。ただ、案を選ぶ際にはオリエンや仕様書を満たすことだけを基準にしないでほしいなとは思います。そうすると例えば過去の焼き直しのアイデアが選ばれる可能性もある。それだと伝わる「強さ」は生まれないし世の中に見向きもされないかもしれない。僕はある意味「違和感のあるもの」こそ選ばれるべきだと思います。あとはクリエイターの実績を見て「この作品を書いたコピーライターと仕事がしたい」と思えたかどうか。その人はきっと「わかっている人」だから案を信じてほしいとも思います。
かつて佐藤卓さんがインタビューで「デザインはこれから世に出るものに施されるもの。つまり未来の世界を具現化するのがデザイン。だからデザインを選ぶ仕事は目利きでないと無理です」と話していた。箭内さんの言うように「違和感」のある案を排除すれば、まだない新しい表現は選ばれないだろう。クリエイターから提案を受けたクライアントの担当者さんも失敗はできないだろうけど、保身や安パイの選択に走らず「この企画で行くんだ」というある種の覚悟が必要なのかもしれない。もちろんクリエイター側はそう思わせる良いアイデアを提示しなければならない。
◎事業者のみなさん、クリエイターと付き合ってみませんか?
〈池端〉地方創生や6次産業化がさかんになって北海道をはじめ地域でもデザインをプロに依頼する農家さんや自治体が増えています。一方でデザイナーやコピーライターなどクリエイターに発注するなんて縁遠いと思ってる人も多い。そういった方々に一言いただけますか?
〈箭内〉最近は広告ってうさんくさいと思われていますよね。例えて言うなら、どんな商品もきれいな包装紙で包んであげて、おいしくなくても「おいしい」という仕事だった。偏見もあると思うけれど業界として信用を失っていたりもする。ただ僕は「案外いい人もたくさんいますよ」と言いたい。クリエイターも「生産者」です。特に農業やものづくりをしている生産者のみなさんにはシンパシーを感じてもらえる部分もあると思います。あとは「クリエイティブディレクション」とか「デザイン」って勝手に敷居が高くなってる気がするんです。もちろん表面だけ整えたデザインはだめですけど、ちゃんと「志」のあるアイデアは必ず受け入れてもらえるはず。それは福島で行政の人と仕事をしていて感じたことです。
箭内さんはクリエイターを「広告生産者」と呼んだ。たしかにデザイナーやコピーライターは絵や言葉を生み出す職業だ。北海道の場合、広告よりも商品ブランディングのニーズの方が多いかもしれないが、クリエイティブな価値を生み出すプロの「生産者」に発注してみようという事業者が増えることを願う。
◎いま、賞の意味とは?
〈池端〉今回の取材もSCC(札幌コピーライターズクラブ)の審査会でお会いしたのがきっかけでした。そこで業界の「アワード」についてお聞きします。表現や媒体の多様化もあってか近年はアワード自体の求心力が減ってきていると言われます。また「業界内の仲間同士で褒めあっている」と揶揄されることもあります。どう捉えていけばよいでしょうか?
〈箭内〉大谷選手がMVPに選出されて、賞というものに改めて「光」を当ててくれた気がします。広告賞に限っていえば「広告がさびしくなった」といわれる今、ちゃんとやってる若手たちに賞を授与することで「この業界も悪くないよね」とメッセージを送ること。それは業界のオトナたちの「使命」なんじゃないかな。そして賞自体は「みんなが欲しいもの」や「憧れ」でありつづけることがだいじ。あるいは賞の存在意義を改めて考えると、それぞれのクリエイターに対して「ちゃんと作ってるかい?」とある意味「監視」してくれる存在なのかもしれないですね。
賞を獲るためにクライアントワークに勤しむクリエイターはいないと思う。でも賞をもらうと、というか、誰かに褒められると「あ、これでよかったんだ」とそれまでの自信のなさや孤独感が緩和したりする。クライアントや関わってくれたチームも誇らしい気持ちになる。受賞によって広報や情報発信の効果もあるし、営業的に次につながるきっかけも得られる。「ちゃんと、作ってるかい?」と信頼できる上司のようなに優しく監視されるのはありがたい。さぼらずに、楽しく、これからも賞に応募しようと思う。
◎これからのクリエイターの役割
〈池端〉最後にコピーライターをはじめクリエイターはこれから何を考えていけばよいでしょうか?
〈箭内〉技術を持つ人がその技術を社会にどう役立てていけるかだと思います。僕は広告制作者って「バランス」を考える人々だと思う。例えば企業と社会の間にある分断をどう埋めるか。人と商品の間に入ってコミュニケーションをどう構築するか。クリエイティブはそんな二者をつなぎバランスを取る仕事でまだまだ頑張れると思いますよ。
あたりまえだけど、僕たちの仕事は指示を受けて説明書通りに作るものではない。事業者さんの「買ってもらいたい」「知ってもらいたい」という課題解決に応えるために、あの手この手を考える。でもクリエイティブは手を動かしてつくる以前に、思い、考える仕事だ。マーケティング的に興味を持つことや同時代の人々が何を思っているか想像する感覚を忘れてはいけない。理論武装ではなくアイデアに説得力を持たせる「考え方」が必要なんだと思う。それを実践するのに、地域は関係ないし、クライアントの大小もない。
箭内さんがディレクションした「ふくしマップ」は絵も文字もすべて寄藤文平さんによって手描きで描かれた。圧倒的な熱量で興味がなくても見てしまう、ついつい読んでしまう制作陣とクライアントの本気度が伝わる仕事。箭内さんはこの情熱と高品質を「スーパークリエイティブ」「オーバークオリティ」と呼ぶ。
福島県のブランド米「福笑い」のパッケージデザインも箭内さん&寄藤文平さんが手掛けた案件。よそのお米のデザインとは明らかに異質な存在感に初回提案時には県庁の担当者さんも驚いたという。ネーミングは公募で決定。公募はある種ギャンブル的な要素もあるが応募作に良い案が数多くあったという。
PROFILE
箭内道彦(やないみちひこ)
クリエイティブディレクター。1964年福島県郡山市生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業後、株式会社博報堂を経て2003年に独立し、風とロック有限会社を設立、現在に至る。
https://michihikoyanai.com/
タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」、リクルート「ゼクシィ」、サントリー「ほろよい」、東京メトロなど、既存の枠に捉われない数々の話題の広告キャンペーンを長く手掛ける。2008年から3年間MCを務めたNHK「トップランナー」を始め、NHK Eテレ「福島をずっと見ているTV」、TOKYO FM/JFN「風とロック」、ラジオ福島「風とロック CARAVAN福島」等、各番組のレギュラーパーソナリティーとしても活動。創刊100号を数えたフリーペーパー「月刊 風とロック」の発行人・編集長でもある。
東京藝術大学教授、福島県クリエイティブディレクター、渋谷のラジオ名誉局長、ロックバンド 猪苗代湖ズ ギタリスト、風とロック芋煮会実行委員長、LIVE福島 風とロックSUPER野馬追(2011年)実行委員長。
企画、制作、演出、撮影、出演、執筆、教鞭、作詞、作曲、MC、パーソナリティ、イベントの実行委員長、商品開発、など、領域を自在に超え、従来の概念を解体しながら、そのすべてを「広告」として、クリエイティブディレクション、ブランディング戦略を手掛ける。
2024年3月30日・31日、「箭内道彦60年企画 風とロック さいしょでさいごの スーパーアリーナ”FURUSATO”」を、さいたまスーパーアリーナで開催。昼夜計4公演のラストを飾るのは、「北の大地の心優しき漢たち」と題したGLAYと怒髪天による道産子対バン。「北海道には愛がある」。
https://kazetorocksuperarena.com/
撮影:鈴木千佳