地域ブランディングにはコトバが必要だ | GUEST デザイナー 梅原真さん
コピーライター職を軸足に活動するインプロバイドのクリエイティブディレクター池端宏介が綴るコラム&インタビュー企画「ヨリヨク」。第三回目は、梅原真さんのもとへ。
今でこそデザイン性のある地域産品やメッセージ性の高い自治体広報が当たり前になった。行政も事業者も個性を競っている。そのうねりの先駆けが梅原真さんだろう。梅原さんの仕事ぶりを描いた「おまんのモノサシ持ちや!」(2010年)は僕のバイブルとなった。2012年のNHK「プロフェッショナル」では梅原さんが密着されヒット商品を手掛けるデザイナーとして紹介された。そのあたりからだろうか。地方創生✕デザインという文脈で日本中の挑戦者たちがつづくようになったのは。今回僕は聞きたいことリストを箇条書きに連ねて高知県香美市の梅原さんの事務所を訪ねた。
島根県海士町の「ないものはない」というスローガン。「このまちにはなんでもあるよ」という意味にも取れるし「ないものは、ないんだよ」という開き直りにも聞こえる絶妙なダブルミーニングだ。地方自治体の案件を抱えたコピーライターはもう同じ切り口のキャッチコピーは提案できない。「先に言われた!」と悔しさや嫉妬さえも抱く強いコピーだ。たしかに地方では、お店や観光施設がなければ「負け組のまち」みたいな画一的な価値観が蔓延している。地元を卑下して「このまちには何にもない」と語る人のなんと多いことか。イオンとスタバがあることがステータスなのだ。しかし近年は「豊かさなんてのは地域独自のものさしで見つけて発信していけばいいじゃないか」と独自のまちづくりを実践する人たちも増えてきた。「ないものはない」というコトバはまさにその着火剤だろう。「しまんと地栗」の仕事では「しまんと栗」にたった一文字を加えたネーミングからブランディングを成功させた。地域限定感が出て、おいしそうな印象を与える。梅原さんはデザイナーだが、こうしたコトバのクリエイションも得意にしている。本でも「コトバは無料」と語るように、梅原さんは自分の中から湧き出るコトバを「資産」として企画やブランディングに活用している。
◎梅原さんは完全にコピーライターだと思います。
〈梅原さん〉デザインの定義とは「本質をつかむこと」です。じょうごの一滴をぐっと押し出すように本質を見極める。それが企画をスパークさせるきっかけになる。ロゴやパッケージのビジュアルができる前段階では、コトバはその本質を見極め、一言で言い当てるために使います。僕の住む高知県香美市では「キャリア教育」をわかりやすく表現する一言を発案するために市民参加型のワークショップをしました。そこで最終的にまとめあげたのが「よってたかって地域が育てる」というコトバ。まちのコピーとして使用されています。教育委員会という組織がこのコトバを使うミスマッチが最高です。
◎高知県黒潮町の「砂浜美術館」の企画書の文章には心が動かされます。企画書はよくお手紙や紙芝居に例えられますがまさにそれ。企画書から書けるのも梅原さんの強みでは?
〈梅原さん〉そもそもちゃんとした企画書の書き方はわからないんです。だから自分なりに伝える順番を整理して綴っている。思いを届けるひとつの手段です。それと企画書は組織で決裁を取るのに必要です。砂浜美術館の企画書も町長宛に先にFAXを送り各部署で共有されました。そこから「砂浜美術館」のプロジェクトが始まったんです。町長一人で決裁できるわけではないのでみんなが共有できるシートは重要なんです。
◎梅原さんのコトバ力の原点は?
〈梅原さん〉お笑いです。「赤信号みんなで渡れば怖くない」というツービートのギャグは本質を凝縮している。ビートたけしの「コマネチ!」というギャグもオリンピックを見ていた誰もがうっすらエッチな事を考えていたことを一言で表現しました。コトバの組み合わせだったり、ワンワードで表現することはおそらく俳句や短歌からも通じているんじゃないでしょうか。あとはギャグや漫才って「行間」や「間」がだいじ。そうやって人を笑わせる才能に憧れがありましたね。デザインやブランディングでもなんとなく「笑えるかどうか」は僕にとって重要な基準です。
◎「四万十」「しまんと」など漢字、ひらがな、カタカナの使い分けにもこだわっているように見えます。
〈梅原さん〉表記にはこだわります。タイポグラフィにはあまり興味はないんですけどね。文字は「意味」か「余白」かで考える。例えば「風呂」は漢字だと意味の伝わりが早い。早すぎると言ってもいい。だから「ふろ」がちょうどいいんです。例えば僕は「素敵」という漢字は使いません。「ステキ」がいい。文字の空間に余白があると、意味を探りに行く時間が生まれます。余韻とキャパシティこそが受け手とのコミュニケーションになる。「どのコトバだったら笑えるか」を想像しながら考えています。そういう意味ではデザインにおけるコトバも漫才や落語とも近いかもしれません。
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先の「しまんと地栗」も「スタジオジブリ」みたいだと笑う。また「行間」といえば「漁師が釣って、漁師が焼いた」というコピーには、「釣る」から「焼く」までにある「選別」「捌き」「藁の調達」「漁師のカオ」などの大量の情報がつまっている。行間にはそんな思いも込めたそう。「あきたびじょん」というコピーは「あきたびじん」に見えるビジュアルがおもしろい。他にも「やんばる ふんばる 国頭村」などユーモアや言葉遊びの例は枚挙にいとまがない。コピーライターでは糸井重里さんに憧れがあったという。「不思議、大好き。」とか「おいしい生活。」などが時代の本質をついていた。梅原さんはそういう洒落た言い回しは「自分には真似できない」と感じ、あまりひねらず率直で朴訥なキャッチコピーを考えるようになったそうだ。
◎ワークショップなど「みんなでつくる」という手法が流行していますが、「いいものをつくる」という目的を達成するのは難しいと感じています。
〈梅原さん〉本来クリエイティブはひとりでやるものです。でも行政のようにステークホルダーがたくさんいる案件ではワークショップくらいしか解決方法がない。そのかわりファシリテーションによってうまくプロセスを誘導する必要があります。僕はムサビで客員もしています。グループワークで問題発見からひとつの企画アイデアまでプレゼンしてもらっていますが、やっぱり本来は個々が“一人称”で発想するのが筋です。いってみれば個人の「脳細胞のひらめき」がだいじ。一方でグループでやるというルールは「分業する」という目的もありますね。学生さんたちはデザイン、商品名、コピー、動画、宣伝などうまく分担してやっています。
◎梅原さんの仕事が全国に知れ渡ってからは、地域でも一種のブームのように個性的なパッケージデザインや洗練されたものが増えた気がします。
〈梅原さん〉単にオシャレなだけのデザインはつまらない。ローカルに限らず最近はマーケティングやモニタリングに侵されたパッケージばかり。それでいいのだろうか。本来はその地元から湧き出すようなデザインであるべきだと思うんです。商品や地域の特徴をデザインやコトバによってわかりやすく「そうなんだ」と感じてもらうようにコミュニケーションで解決する。稚拙なデザインでは売れないと思われがちですが、実は洗練されている方が売り場で疎外されて売れないという現象も起こります。「しまんと地栗」はおかげさまで新宿の伊勢丹でも売れました。ほとんどのアンケートに「値段は高いけど騙されていない気がする」と書かれていたんです。僕はそこを狙ってやってるんです。そういえば、先日あるイベントで葛西薫さんの講演を聞きました。例えばTORAYAのデザインは洗練のなかにも安心感があり、底辺に謙虚さが感じられるんですね。それは田舎でも都会でもどこでも通じることだと思います。
◎「ブランディング」という手垢のついてしまったコトバを今どう定義したらいいでしょうか?
〈梅原さん〉20年前だったら「アホか。簡単にブランディング言うなよ。ブランドを謳っていいのはルイヴィトン、エルメス、シャネルだけだ」と言っていた。100年経って積み重なるような確固たる企業理念をもつ会社。その社会活動こそブランディングだったんです。でも今はもうブランディングというコトバが「市民権」を得てしまったので逆にどんどん使ったほうがいいと思います。正確に言うと「気軽に誰でもブランディングと言える世の中になってもらっては困る」という意味も込めてコトバを使っている側面もありますけど。僕のしている地域のブランディングという仕事は「プロデュース」というと僭越ですが「土地の力を引き出す」仕事だと考えています。
◎日本だとデザインが美術や図工の延長と思われがちでどこか本質からずれている。小学校から「デザイン教育」が必要だと思うのですが。
〈梅原さん〉まさにそうです。僕は10年以上前から図工ではなく「図工デ」という呼びかけをしています。「図画工作」に「デザイン」も追加するんです。「お母ちゃん図工デって何?」「図画はこうやろ、工作はこうやろ、デザインは・・・なんやろ?」という具合に今はデザインをちゃんと説明できる大人はいません。だから小学生の教育にデザインを入れましょうとずっと言っています。僕は今「しまんと分校」というプロジェクトを進めています。2泊3日の実技と座学のセット。現代は「実体験」が足りてない。HONDAの本田宗一郎やPANASONICの松下幸之助は実体験で育ってきたんだと思います。しまんと分校ではそういった「フィールド感覚」や自然から練磨される「空想力」を養います。最近は「しまんと新聞ばっぐ」の事業もそうですが、デザインじゃない仕事ばかりやっている。どれも「おもしろいからやろう」という動機で続けています。
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示唆に富み富みのインタビューだった。「まちの知名度が上がる」や「商品が売れる」はひとつの結果であって、その入口づくりが重要だ。何が本当の価値で何が相手に伝わるか。生産者であれ行政職員であれ当事者は気づいていないことが多い。梅原さんは課題と目的と手段を冷静に整理して、気づきにくいところに「こうでしょ」とさっとアイデアを差し出している。そこに「よしこれで行こう」と乗っかるクライアントの熱い気持ちや英断もすばらしいと思う。最後に梅原さんに聞きたいことがあった。「行政相手でもよく怒るそうですが、それって愛があるからなんじゃないですか?」 「そうそう」と笑ってくれた。いいものがあるのにそれを活かそうとしないとか、どこかの真似ごとをして満足してほしくないとか。そんな思いが解決に向かわせているのだ。デザインとは本質を引き出すこと。本質を突き詰める姿勢や言葉は、僕も新しいプロジェクトに関わるたびに「梅原さんならどう考えるだろう」と思い出してみたい。
PROFILE
梅原 真|Makoto Umebara
高知生まれ。デザイナー・武蔵野美術大学客員教授。「土地のチカラを引き出すデザイン」をテーマに、ローカル高知で活動する。ローカルでの対象物は、必然的に一次産業となり、カツオ、ユズ、茶、クリ、林業などをデザインする。また、砂浜しかない町の「砂浜美術館」。高知県の森林率を面白がる「84プロジェクト」。秋田県の「あきたびじょん」。離島・海士町の「ないものはない」など、地域の生き方・考え方をプロデュース。「土地の力を引き出すデザイン」で毎日デザイン賞・特別賞。
撮影:河上展儀
[ヨリヨクとは]
コピーライター職を軸足に活動するインプロバイドのクリエイティブディレクター池端宏介が綴るコラム&インタビュー企画。企画名は社名のIMPROVIDE(「より良くする」という意味の造語)に由来する。テーマは「コトバ」「デザイン」「ブランディング」「マーケティング」「地域のクリエイティブ」など。独自の視点と経験から「よりよくする」を掘り下げる。