2025.05.14 JOURNAL|INTERVIEW & COLUMN

「敷居の低いブランディングって何?講座」っていったい何?

ブランディングは「高級ブランド」だけのためではない

この仕事を長年やっているとセミナーや講演会で講師を務めることも多い。専門家派遣の制度で事業者の元へ出かけアドバイスしたりもする。細かい話だが、僕が任されるのは講演会というよりはセミナーだと思っている。講演会は自身の人生哲学を語るイメージ。一方セミナーは「勉強会」に近い。ちなみにセミナーは「seminar」と書く。ゼミナールと同じだ。特定のテーマについて学習するから、僕が任されているのは「セミナー」となる。

事業者が相手でも高校でも大学でも、基本的に「ブランディング」の話をする。タイトルはだいたい「敷居の低いブランディングって何?講座」だ。これはクリエイターあるあるだが、意外とカタカナ語への抵抗がある。ブランディング、マーケティング、クリエイティブ、挙げれば挙げるほど胡散臭く感じる。クリエイターと自称することも憚られる。かといって適当な職名も思い浮かばない。小っ恥ずかしいという自嘲的な気持ちもあるし、「染まっちゃダメだ」という業界への抵抗感もなきにしもあらず。一周して「呼び方なんてどうでもよくなる」というのが本当のところだ。

話を戻しますね。僕としては「ブランディングの敷居を下げたい」というのが根っこにある。ブランディングというと、どうも高尚なイメージがつきまとい、うちは「関係ない」とはなっからそっぽを向かれることも多い。しかしながら事業者の「大小」も「地域」も関係なく採用できるクリエイティブな手法なのだ。商品ブランド、事業ブランド、企業ブランド、自治体ブランド。あらゆるブランドが独自性を打ち出して、時代にフィットするデザインをすれば、その独自性は価値へと変わり、社会に伝わる。「認知される」「売れる」「好きになってもらう」という好循環へと突入できる。セミナーでは概論に加えて池田食品(札幌の豆菓子メーカー)やJR貨物北海道支社の広告などの実例をお話している。前者は一商品ブランドのリニューアルから企業ブランドの変革へと展開していく時間軸の成長。後者では継続的な広告出稿によるファン増加の話。新聞広告というオールドメディアとSNSの親和性がポイントだ。

福島県庁主催「誇心塾」にて。“ローカルあるある”には地域の垣根を超えて共感できる普遍性がある。

地味で地道な“セルフマーケティング”

セミナー後に直接相談を受けて提案に至る事業者さんも多く、「石狩みのりファーム」や留辺蘂の「エフ」、広尾の「菊地ファーム」などがそれにあたる。惜しまれつつも閉業してしまった美幌の「米夢館」も思い出深いクライアントだった。主力の米のパッケージをはじめポン菓子やおはぎなど独自性のある商品を見直して、「より売れる」「北海道物産展で好評」という効果も上げた。地方の中小の事業者であれ、まちを代表するような大きめの企業であれ、縁の下の力持ちであるBtoBの企業であれ、ブランディングのアプローチの仕方は変わらない。課題を洗い出し、強みを見つけ、市場を見渡し、どこのポジションを取るか、という何の変哲もない正攻法を取る。「セルフマーケティング」と勝手に呼んでいるが、僕は「消費者として生活者として自分はどう感じるのか?」という自問自答のチカラを信じている。僕自身も自分の目や正直な気持ちを大事にするし、クライアントにも同様に自問自答してもらう。それは直感に頼るということではなく、「本音」を深堀りして、客観的に信憑性を精査する。デザインには結局のところ正解はない。だから「最適」と信じる選択からプロトタイプを作っていくしかない。

市場の「あるある」に学び「まだない」を目指す

「差別化をしよう」「区別化がだいじ」と教科書にはイロハのイで書いてある。誰もが知っているのに、いざ商品開発やデザインの実装となると、それを忘れて似たようなもの、既視感のあるものを作ってしまうケースがなんと多いことだろう。だから僕は、商品開発やブランディングのプロセスで陥りがちな「あるある」を収集して、セミナーのスライドで具体的な事例をお見せする。各地・各業種に眠る「あるある」を避けて思考し直し、再出発させましょうと訴えている。お近くの道の駅の地場産品売場を想像してほしい。レトルトカレーやドレッシング、ジャム、クッキーなどの焼き菓子がずらりと並んでいるはずだ。そうやって既にあるものをトレースしてみんながつくるのはなぜか。大体は売場の都合、つまり常温で日持ちするものが求められるからだ。仮にその条件を満たす必要があるなら、例えばカレーではなく、せめて違うレトルト製品を考えよう。地場の加工メーカーにOEMで依頼する場合は、何ができて何ができないかとことん相談して発注するのがよい。僕のクライアントワークでいうと、2024年に江別のカーム角山が「ごはんにあうボロネーゼ」をつくった。カレーではなくボロネーゼであればレッドオーシャンから逃れることができる。また小清水の「オホーツクいちごファーム」ではドレッシングの激戦区を避けるために「かけるいちご」といういちごソース商品をつくった。いずれも生産者が加工品をつくる6次産業化の事例だ。

業界の常識という世界線から脱出しよう

ダジャレや当て字のネーミングやPOP書体によるロゴデザインも数多ある。なぜそうなるか。商品名を考える会議ではある種の内輪ノリが想像される。差別化という言葉が忘れられ、その場の「おもしろさ」が判断基準になってしまうのだ。POP書体は親しみやすさの代表選手のように勘違いされ市民権を得てしまった。POP書体はお買い得品の売場POPに使おう。海苔や昆布など海産物の加工品売場に目をやれば、筆文字や類するフォントのパッケージだらけ。「そういうものだろう」という先入観が無条件に同類のデザインを生み出してしまう。これは食に限ったことではなく、例えば福祉事業所では「きずな」「はぁと」がポピュラーで温泉施設だと「ふれあい」「ほっと」などの「あるある」ワードがリストアップできる。その業界の「こんなもんでしょ」を洗い出して、まずはそこから脱出しようという「脱あるある思考」も立派な「デザイン思考」の一端だ。余談だが、世にある「あるあるネタ」を収集していると、だんだん愛着が湧いてくるもので、愛おしささえ感じてくるものだ。「ゆるキャラ」「いやげ物」の生みの親みうらじゅんさんの気持ちがほんの少しわかる気にもなる。またダジャレネーミングのレジェンド的存在である「らぶいず大葉」(新潟県妙高市)のようにテレビ番組やSNSでネタにされるくらい有名になる例もある。そこまで辿り着けば文句なしであっぱれだが、狙って話題をつくるのは難しい。

手書きスライドで紙芝居をつくる理由

ルイヴィトンのような伝統的ラグジュアリーブランドやiPhoneなどの世界的商品は「スターブランド」と呼ばれる。世界線が違うのでそのブランディング手法は正直あまり参考にならないが、高尚なものだとあきらめるのはもったいない。ローカルにはローカルのブランディング手法がある。小さくていい。少しずつでいい。それでも「志」を忘れることなく、地道にブルーオーシャンをめざそう。ブランディングの敷居を下げて、活用できるようにすること。セミナーに参加した担当者さんが「やらないよりはやったほうよさそうだ」「社長にうちもブランディングに着手しませんかと上申してみよう」と感じてくれて行動変容をもたらすのが、僕のシゴトだ。

セミナーは一期一会だと思う。だから勉強になるのはもちろん「楽しかった」と思えるかどうかを一番重要視している。スライドが手書きなのもそのため。いろいろな人の講義スライドを見てきてやっぱりぎっちり詰め込まれたパワポは見ていてしんどいし1スライドの滞在時間が長いと眠くなる。どんな話題がその人に刺さるかわからないので、とにかくトピック数、スライド数量は多い。一回のセミナーで一人が憶えて持ち帰れるトピックなんて一つか二つだろう。ある人は「伝えるから伝わるへ」のような大きな主題を持ち帰るかもしれないし、ある人は「POP書体を使うの気をつけよう」という小さな教訓を持ち帰る。ちなみに手書きスライドはベテラン広告マンの講演を見てマネをしたのがきっかけ。テーマに応じた基本形のスライドの流れがありそこに新しいネタを加えている。継ぎ足し継ぎ足しのうなぎのタレ方式で今がどれくらいのバージョン数なのかはわからない。受講後は「おもしろかった」「書体が大切だとは思ってもみなかった」「まさにうちのことです!」「手書きで飽きなかった」などの感想をいただく。地域は問いません。一度セミナーをご検討ください。

 

[ヨリヨクとは]
コピーライター職を軸足に活動するインプロバイドのクリエイティブディレクター池端宏介が綴るコラム&インタビュー企画。企画名は社名のIMPROVIDE(「より良くする」という意味の造語)に由来する。テーマは「コトバ」「デザイン」「ブランディング」「マーケティング」「地域のクリエイティブ」など。独自の視点と経験から「よりよくする」を掘り下げる。

前回の記事はこちら

個の意識を上げる、まちづくりとデザイン | GUEST デザイナー 水戸岡鋭治さん

個の意識を上げる、まちづくりとデザイン | GUEST デザイナー 水戸岡鋭治さん