個の意識を上げる、まちづくりとデザイン | GUEST デザイナー 水戸岡鋭治さん

コピーライター職を軸足に活動するインプロバイドのクリエイティブディレクター池端宏介が綴るコラム&インタビュー企画「ヨリヨク」。第五回目は、デザイナーの水戸岡 鋭治さんのもとを訪ねて東京へ。
博多から乗った特急ソニック。内装には木が使われていて、それでいて飛行機のような頭上の荷物入れがオシャレ。当時僕は水戸岡鋭治さんの名前は知らなかった。二度目の水戸岡デザイン体験は特急ゆふいんの森。外観、内装、車窓、社内販売、接客サービス、沿線住民が手を振ってくれる姿。すべてが体験として記憶に残る。とにかく興奮した。観光客にとって鉄道は移動手段ではなく、思い出づくりの装置だ。いつしか僕は水戸岡さんのファンになり旅番組で紹介される度にワクワクした。このインタビューでは、列車開発の話ではなく、地域、観光、デザイン、ものづくりの心得など水戸岡さんの仕事哲学に触れていく。


◎水戸岡さんの考える「デザイン」の定義を教えてください。
〈水戸岡さん〉色や形状ではなく「考え方」ですね。時代が求める価値を考え、いかに思いをカタチにするか。僕は「総合的で創造的な計画」と定義してそれを「トータルデザインマネージメント」と呼んでいます。今やサッカーや野球でも「デザイン」という言葉が使われていますよね。また、人は誰でもデザイナーであると考えています。大臣は国という大きな視点でデザインする。子どもにとっては家庭をデザインするお父さんお母さんは身近なデザイナーです。僕がデザインで大切にするのは「心地よさ」です。例えば、僕は列車のデザインで木を多用しますが、鉄道業界では木はタブーとされていましたし、メンテナンスや劣化の面で現場からよく反対されてきました。でも担当者に「あなたは自分の子どもにどんな環境を提供したいか?」と聞くと「木がいい」と答える。企業人ではなく父親の立場でデザインすればうまくいく。経済の論理だけで計画するのは正しくない。そこに心地よさは生まれないのです。

◎発注する側の事業者、担当者に求める心がけとは?
〈水戸岡さん〉目標設定と情熱が必要です。常に新しいことを追求し、あまねく人の役に立つことを考える。情熱、感性、知性を開花させるためにはたくさんの感動体験を積み重ねなくてはなりません。先ほど話したように、会社の立場ではなく親の立場で決めることで、他の会社とは違う新商品が生まれ、人々を喜ばせることができるでしょう。できないと言われれば、できるための努力をする。そのためには学習です。自分が嫌いなこと、わからないことを受け入れ不都合を前向きに受け入れて学ぶ。発注者の意識レベルでデザインは決まる。私たちデザイナーは「代行業」なので発注者の考えうる範囲の中でしか表現できません。だから発注者に目利き力があればあるほど、完成品のレベルは当然上がるのです。
◎一方で受注側、クリエイティブを担当するデザイナーには何が求められますか?
〈水戸岡さん〉デザイナーは作家ではありません。代行業としてのプロです。人々の潜在意識を観察して、取材、翻訳をすること。反対意見を受け入れるチカラも必要で、僕も50歳を過ぎてから丸くなってきました。それまでは「できない」「無理だ」と言うクライアントと喧々諤々やってきましたが、今はどちらかというと協議を大切にしている。A案を提案した後に「B案を作ってほしい」と言われたらまずは検討して、「こうしたらもっとおもしろくなる」とC案として再提案することもあります。そうして対話をしながら、いいところで“軟着陸”できればOKなんです。コミュニケーションによって自分にない引き出しが増える進化も感じるし、相手も一緒にやっていく雰囲気を実感できる。デザイナー自ら対話を求めていきましょう。
本を読むと、提案、現場での施工、最終チェックに至るまで水戸岡さんはクライアントと戦っている。「水戸岡先生」と呼ばれることも多く、僕は勝手に「巨匠」というイメージを抱いていた。プロとしての「主張」とクライアントの「意見」の間でどう折り合いをつけているのか、とても興味があった。「僕はいま40代なんです」と伝えると、水戸岡さんからは「それならまだまだがんがんやったほうがいい」と笑いながらアドバイスをくれた。もちろん意固地になってクライアントと対峙しなさいという意味ではない。誰よりも考え、期待に応える責任を同居させてこそ対等に話ができるのだ。

◎水戸岡さんの本には「ブランディング」という言葉が出てきません。デザインやまちづくりの業界では当たり前のように使われている「ブランディング」を水戸岡さんはどう捉えていますか?
〈水戸岡さん〉総合的にあらゆる情報を整理整頓しながら創造的にカタチをつくるのが僕のやり方です。お客様が列車に乗り、旅を体験してそこに共通の考え方や様式を感じてもらうこと。それがブランドになっていく。「あ、このスタイルは水戸岡さんだな」と気付く人もいるでしょう。そういう意味では「ブランディング」なんてものは初めからできるものではないと思います。1、2年では無理で、まわりから「ブランド」と認められるようになってはじめて「成功」だと思う。ブランディングとは普遍的な様式を出しつづけること。しかも新鮮さを失わないように進化させていく。そのためにはチャーミングさや多様性も必要。JR九州の一連の仕事では、クライアントの勇気ある決断もあって、幸いにして「JR九州のブランド」になり、その結果「水戸岡鋭治のブランド」になってきました。

◎水戸岡さんは長野県小布施町や大分県湯布院町などまちづくりの文脈からもデザインに関わっています。いずれもメジャーな観光地でありながらごちゃごちゃしてない、素敵な雰囲気のまちです。ローカルの観光をよりよくするために自治体は何を意識すべきでしょうか。
〈水戸岡さん〉観光客に合わせるのではなく、まずは地元の住民や働く人が心地よく生活する環境を整えることです。古民家の利活用をしたり、小さくていいので買い物ができたり、ある程度必要なものが揃っていないと心地よさは生まれない。フランスの田舎町に行くとそれがよくわかります。湯布院町の例で言えば、野菜も米も地元。大工さんも地元。地元のヒト・モノ・コト・サービスで賄うことで、いっしょに「一流」へと育ててきた。性急な売上を求めてはいけません。ある意味「こらえ性」が必要です。観光は「都会以上の豊かさ、心地よさとは何か」を自分たちで考えることです。僕はよく「コンサル、専門家、大学の先生をはじめから入れるな」と話しています。国や自治体からの補助金頼りもダメ。とにかく自分たちで考えることが基本。「今までまだやってないことは何か?」「使ってない資源は何か?」と正直に語り合い、わからないことは恥ずかしがらずに確認する。人それぞれの適性を見極め、不都合を受け入れ、対立構造をつくらない。地元のヒト・モノ・カネでやってみる。がんばればできそうなことには商品価値はあるし、そこに存在理由を加えれば新しい商材になるかもしれない。そして本気で挑むためには個人の意識レベルを上げるほかありません。意識は3つに分けられる。第一にルール、第二にモラルやマナー、第三にホスピタリティです。ルールは人としての常識。これがベースにあり、モラルやマナーといった良識を高める。そしてホスピタリティ、つまり美意識を磨く。ひとつひとつのクオリティを上げていきましょう。田舎は「小さな大都会」になれます。2025年の今は北海道を走る観光列車のデザインを手掛けています。環境負荷が少ない鉄道で美しい穀倉地帯を行く旅行。物語を生み出すチカラがあり、観光資源になると以前から思っていて「プレゼンさせてください」と手を上げました。これまで戦ってきた経験とエナジーを注いでいます。

水戸岡さん関連の本は何冊も出ている。「公共デザイン」とは何たるやがわかり、鉄道ファン向けではなくビジネス書としておもしろい。僕は「鉄道デザインの心」(日経BP社)と「幸福な食堂車」(小学館)をオススメしたい。特に後者は一志治夫さんによる熱量ある文章で水戸岡さんの人となりがドキュメンタリーのように描かれている。水戸岡さんのデザインで僕が好きなのは「子供目線」を重んじているところだ。運転席や風景を楽しめる「子供展望席」を最前列につくったり、木、ガラス、鉄などの自然素材を優先して選んでいる。子ども向けのマーケティングを推奨しようという話ではない。幼少期から“よいデザイン”の考え方に触れればそれが当たり前のものとしてリテラシーの高い大人になるだろう。デザインの本質を理解して経済活動に活用するいわゆる「デザイン経営」は国も普及に努めている。水戸岡さんの言葉の数々は大いに役に立つはずだ。

PROFILE
水戸岡 鋭治|Eiji Mitooka
イラストレーター/デザイナー。
1947年岡山県出身。1972年ドーンデザイン研究所を設立。建築・鉄道車両・グラフィック・プロダクトなどをデザイン。主な仕事はJR九州の新幹線800系、クルーズトレイン「ななつ星in 九州」、博多駅ビル「JR博多シティ」、大阪駅「大阪ステーションシティ」、大分駅ビル「JRおおいたシティ」、東急「ザ・ロイヤルエクスプレス」、箱根観光船「クィーン芦ノ湖」、東京都豊島区「IKEBUS」など。
撮影:鈴木 千佳
[ヨリヨクとは]
コピーライター職を軸足に活動するインプロバイドのクリエイティブディレクター池端宏介が綴るコラム&インタビュー企画。企画名は社名のIMPROVIDE(「より良くする」という意味の造語)に由来する。テーマは「コトバ」「デザイン」「ブランディング」「マーケティング」「地域のクリエイティブ」など。独自の視点と経験から「よりよくする」を掘り下げる。
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